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ひとりごと

スピッツ」   「トップ

2007/3/29
くるくるまわっている。
北かと思えば、南から。
西かと思えば東から。
今の季節の風は生き物のようにどんどん方角を変える。

朝、ペタペタだったポイントも午後から波が立ったり、
その反対も然り。

ポイント選択は慎重に行わなくてはならない季節となりました。
が、それは冬の終わりを意味しており、
嬉しい自然の息吹です。

さて、今日はガイドしてて今まで1番やばかったことなどを書いてみよう。
やばかったこと・・・、という書き方も漠然としているが、
なにがやばいって、事故になるのが1番やばい。

沖縄では・・・・、あまり記憶にない。
やばかったのは、やはり以前働いていたモルディブでの記憶が圧倒的だ。

その日は10人ぐらいを連れてウァドゥーケーブというポイントを潜っていた。
お客様の中には高齢のおばぁーちゃんがいて、かなりフィンキックが弱かったのだ。
注意すべき存在として常に私の手が届く範囲に位置してもらっていたし、
私もそこをキープすべく動き回っていたのだが、
最終コーナーにさしかかろうかというその時であった。

このポイント、最終コーナーから流れがそのまま水路に向かって流れており、
この流れにつかまってしまうと、そのままリーフから遠ざけられてしまう。
潜るベストコースとしては、
リーフの陰に隠れながら水路に向かう流れの下を通って、リーフ沿いに逃げていく・・・・というものだ。

さておばぁーちゃん。
この水路に向かう流れに一瞬でつかまってしまった。
私もこのおばぁーちゃんだけ見ているわけにも行かず、
他のお客さんもケアしないといけないわけで、
一瞬、目を離した隙におばぁーちゃんを流れに持っていかれてしまった。
本当に一瞬である。
その一瞬で連れて行かれるぐらい流れるポイントなのだ。

はっ!!

と気づいたときには、もうおばぁーちゃんは私の触れる場所にはいなかった。
リーフに背を向け、水路方向に視線をやると、
おばぁーちゃんが必死で(そのように私には見えた)フィンキックしながら
こちらに泳いでいる姿が見えた。
が、当然おばぁーちゃんの泳ぎで戻ってこれるほど、
ウァドゥーケーブの流れは優しくはない。
激流だ。

あっという間におばぁーちゃんは遠ざかっていく。

私が追えば、おばぁーちゃんには追いつけるだろうが、
他のお客さんともはぐれてしまう。
全員連れて水路行きの流れに飛び込むこともできたが、
今となって思えるだけで、その場ではその選択肢は私の中になかった。
経験不足ということもあるし、現場の状況判断が甘いとも言える。

私ができたことは、遠ざかるおばぁーちゃんに上がれ、浮上せよと大きくサインを出すぐらいだった。

・・・・・・・。

ふぅー・・・・・。

今、思い出しても、あのときのおばぁーちゃんが泳ぐ姿が思い出せる。

さぁーそれからだ・・・・。
残りのお客様を少し流れの落ち着くところに導き、浅い場所で止まらせて、
私は浮上。
ボートを呼び、おばぁーちゃんが乗っているか確認。
が、乗っていなかった。
ケーブのコーナーで1人、上がったから、流れの先を探してきてくれ
とクルーに告げて、みんなの場所に潜降。

もちろんこのクルーと話している間も激流は続いているので、
水面にいる私がBCに空気を入れてただ浮きながらボートクルーと話していると、
すぐに流されて、水中に残した他のお客さんたちともはぐれてしまう。
どうするか?

泳いでその場をキープするのだ。
これが大変。
もう1番しんどいです。
水面で流れに耐えるということ。
最高にしんどいっす。

お客さんたちをまとめて、安全停止し、浮上。
もしクルーがおばぁーちゃんを見つけなければ、すぐに捜査しないとダメなので、
そこでダイビングは切り上げました。

で、浮上、ボートが寄ってきた・・・・・。

するとおばぁーちゃんにこやかに乗っている。

ふぅー・・・・、良かった・・・・。

よくあの流れの中をちゃんと浮上できたなー・・・・。
人間ってやればやるもんだ・・・、と恐れおののいた記憶があります。

今まで1番やばかったのが、これかな・・・・。

流されていくおばぁーちゃんを見ながら・・・、
あああああ・・・、ついに事故になっちゃったかなー・・・・って
思ってしまったことを今でもリアルに憶えている。

沖縄ではそーいうことはまだ一度もないけれど、
波の高いときなどで海況判断しているとき、
危ないかどうか迷っているとき、
私はあの流されていくおばぁーちゃんの姿を思い出すようにしている。

あーいう苦い思いをもう一度繰り返さないように。

生きていてくれたおばぁーちゃんに感謝。
未熟だった私は本当にただただおばぁーちゃんの生命力に感謝するだけでした。
あのおばぁーちゃんはまだダイビングしているのかなー・・・・・。

2007/3/24
いろんなスポーツのあった23日が終わりました。
安藤ミキ、綺麗に滑っていましたね。
こう書くと、お笑い芸人には批判的台詞も
スケーターには褒め言葉になるのだなーと新たな発見。

4回転を飛ばなかったことが成功しましたね。
そりゃー首位がミスしたんだから、
誰だって飛ばない選択を選ぶだろう。
3回転の演技にまとめた安藤選手を誰が批判できよう?
むしろ大人の・・・・、勝つための選択を冷静に下したと
考えられますよね?
素晴らしいぜ。

それとは反対だった、サッカー日本代表。

あまりいいゲームではなかったけれど、
勝つには勝った。

俊輔があんなにサイドから離れて中央に行ってしまうとは思わなかった。
右サイドが空いているとき、多かったからね。
それにしても横パスが多いこと。
なかなか前にボールを繋げられないし、
やっぱりドリブルする選手が全然いないぞ。

俊輔の見せてくれた何度かの大きなサイドチェンジはいい武器になっていたが、
まだまだあまりフィットしていなかったなー・・・・・。

高原は以前よりも安定していましたよね。

ボランチから前線に出されるパスを狙われてカットされている場面が多かったし、
走るサッカーが全然できていなかったよね?

スペースに走っている選手ってあまりいなかった。

娘に夕食を食べさせながら見ていたので、
あまり細かい部分まで見れていないが、
なんかそんな印象を受けました。

アジアカップまでにもっと連携を高めて欲しいけれど、
時間があいかわらず足りないよね。
まぁーどこの代表もそうなんだけれど・・・・。

2007/3/23
土曜日にゆっくりしているのは久しぶりだ。
今日は昨日までのお客様の送迎のみで、いい天気にもかかわらず、
じっくり・・・・、いや、
こーいう場合はじっくり・・・っておかしいですよね。
のんびり・・・・過ごせました、と、こーいうべきなんだろうね。

夜は久しぶりに本気モードで日本代表の試合を観させていただく。
俊輔と中村憲が二人一緒にピッチに立ちそうなので、
非常に興味深い。
俊輔はサイドにポジションとるみたいだから、
トップ下は中村憲なのだろうか?

どんなサッカーになるかとても楽しみだし、
中澤が戻って、トゥーリオと組む最終ラインも楽しみだ。

久しぶりにサッカーの試合が待ち遠しいぞ。

沖縄本島地方は、とてもポカポカしていて暖かい。
海も凪いでいる。
明日からまた少し天気が崩れるようなので、ちょっと注意。
今の風はすぐに変わってしまうからね。

さて、卒業シーズンまっさかり。
スピッツ周辺には若者がたくさん歩いている。
卒業旅行という奴だそうだ。

そうだ・・・というのは、私はそーいうことをしたことがないので、
よくわからないため、そのような言い方になっている。

大学卒業、就職したらそんなに遊べなくなるので、
今をめいっぱい遊んでしまうための旅行なのだろう。

ふむふむ。
なるほど。
新入社員はそんなにポコポコ休めないしね。
休めるときに旅立つのはいいことだ。

みんなどこかの居酒屋に消えていく。
沖縄料理を食べているのだろう。
ふむふむ。

ところで、スケート見ていますか?
実にかっこいい男性が多いのですね。
美男子ばっかり。
世の女性が騒ぐのも頷ける。

しかしこのフィギュアスケートというのは変わった競技ですね。
メダルを争うというのに、相手とは一度も接触しないどころか、
同時に同じフィールドにすら立たない。
相手をどうこうしないスポーツ。

対戦相手の研究・・・・という行為は皆無なのだろうね。

戦うべきはオノレ自身。
すべて自分との闘いだ。
プレッシャーに負けず、自分のベストを出せた選手がメダルを取っている。
負けた選手はミスしてしまった選手というわかりやすさ。

だから応援する方も、なんか変わった感じ。

ただ祈るのみ。
ミスしないように、着地できるように、バランス崩さないように・・・・。
祈るのみ。

そりゃーサッカーだって、祈るけれど、
内容が異なるよね。

スケートを見ていると、ダイビングもなんとか競技になりそう・・・
とか思えてくる。
いかに綺麗に潜れるか?
というのを競うか・・・・。
フィギュアーダイビング。
新スポーツだ。

・・・・・・・。

・・・・・・。

ダメだろう。
タンク担いだ重装備は全然綺麗じゃない。
魚の流線型は美しいけれど、人間は水中に入るためには、
タンク背負わないとダメだからなー・・・。
いや、
小型のタンクがあるか・・・・。
レスキュー用の奴。
あーいうので身軽になって、
温水プールの中で長い足ヒレ使って、
かっこいい水着着て、ってどうよ?

シンクロの水中版みたいな感じで。

・・・・・・・・。

いや、そんなの見たくないなー。

たいした技できそうにもないし、
アクセントをつけるために水面に出たくなりそう。

いやはや、競技的ダイビングは成り立たないねー。

フリーの演技も頑張ってほしいぞ。
ではチャオ。


2007/3/14
卒業シーズンを迎えて、
沖縄にも学生さんたちが卒業旅行という名目で遊びにやってきている。
体験ダイビングや洞窟スノーケリングにお客さんが増え始めてきた。
他店の・・・・・。
スピッツ的には暇な季節だ。

そしてFMからは尾崎が流れていた。
もちろんオザキアミではないし、当然のようにオザキキヨヒコでもない。
ユタカだ。
オザキユタカの「卒業」だ。

1985年、僕はまだ中学3年生で、来たるべく冬の高校受験に向け、
勉強机から離れない生活をするしかなかった。
机から離れて遊びまわるほどの余裕はなく、
かといってずっと勉強しているほどの集中力もなかった。
ただ机にしがみついていたような受験勉強をしていた。
そんなときにオザキは卒業を歌っていたそうだ。

私のFMラジオから流れてくるものはほぼ洋楽ばかりだったので、
私がオザキに触れるのはまだあと数年先のことになる。

オザキは「あと何度卒業すれば本当の自分にたどり着けるだろう?」
と歌っていた・・・、いや叫んでいたのか?

すでに故人となってしまったオザキだが、その作品はいまだに人気があるという。

オザキの歌の根本はずっと「本当の自分探し」だったように思う。
思春期、誰もが探し出す本当の自分という虚像だが、
私は紆余曲折を経て、結局そんなものは存在しない。という結論に達している。

オザキの世界では、
子供は大人から支配を受けているという考え方があるようだ。
それは「卒業」の中でも何度も歌われている。
子供は大人から保護されているのだが、
それを保護と受け取らず支配と考えるのは子供の自由だ。
オザキはそのことをバネに作詞作曲してきたように感じる。
オザキが支配を受けなければ、「15の夜」も「シェリー」も、
「スクランブル・ロックンロール」も生まれはしなかっただろう。

確かに迷える時代に聞いていると、元気が出てくるように感じることがある。
それは新芽の発芽のような新鮮なパワーが自分の中に生まれるような類のものではない。
共感という慰めあいだ。
ああ、この人も私と同じように悩んでいるんだ・・・・。
この人もうまくいっていないんだ・・・・。
私もこの人みたいにもがいているんだ・・・・。

他にも同じような人がいてよかった・・・・。
という安堵。

オザキの歌にはそーいう悩んでいるものを安堵さす詩が溢れている。
うまく言えないが、元気にはなれないのだ。
安堵できるが元気にはなれない。
そんな歌が多かった。

そしてそのように感じる僕もやはり諸事モロモロに悩んでいた。
悩める者はオザキを支持する。
誰だって1人きりで悩むのは不安だからだ。
共感できる瞬間を探しているのだ。

だが今、36歳になった今聞いてみると、
あまり共感しない。
支配する側にまわったということか?
本当の自分に辿りついたのか?

いや、感じたものはノスタルジー以外の何物でもない。
懐かしさしかなかった。
36歳の僕にはオザキの「卒業」は何も訴えてはこなかった。
そーいう時代があったんだねーということだ。

今、現実の自分に満足できないため、
本当の自分という虚像を創り、憧れ、理想化していく。
それが目標となり、夢となって、未来を信じる力になる。
現実に満足するようでは今後に発展はなくもう終わりだが、
あの思春期の頃のような目標設定はしなくなった。

家族ができたことが1番大きな理由だね。
オザキは早くに結婚し、子供もできていた。
きっと、自分が作り上げた「悩める若者たちの教祖」的立場に
最後まで振り回されていたのだろう。
家族を持てば、普通はそんなに悩まなくなるからね。
悩まなくなった自分に悩んでいる自分を求められる圧力はかなりきつそう。

26歳で不可解な死を遂げるが、
もっと生きて、あがいてほしかった。
もっと歌を聴いてみたかったよね。

卒業を聞いて、いろいろ考えてしまったが、
本当の自分というものを探さなくてもいい何かを見つけることが大切なのだろう。
私にとってはダイビングだったり、
南で暮らすことだったりするのだが、
単純に言うと、好きなことだよね。

いつまでも潜れるように、
これで生活できるようにいろいろ頑張らせていただきたいので、
今後ともよろしくお願いしたいのだ。

オザキもただ歌いたかっただけなんじゃなかったのかなー?
本当の自分なんて最後のほうはどうでもよかったんじゃないだろうか?
内心は・・・・・。

まぁーそんなこと誰にもわからないけれどね。

ではでは。

2007/3/7
久しぶりに寒くなった沖縄本島。
あああ・・、冬ってこんな天気だったよねー・・・。
と思い出してしまう寒さ。
そして北風。

まぁーようやく・・・・って感じの天候ですが、
それにしても暖かい。
寒くなっても暖かいように感じてしまう今年の冬。

なんか書こうと思っていたのだが、
いざ書き始めてみると、思い出せない。

今年はサッカー日本代表もアジアカップがあるし勝負の年だ。
しかし以前よりも代表の試合を見る気力がなくなってきている。
自分でもそれが何によるものなのかよくわかっている。
そう。
中田の引退からだ。
去年のスポーツ界での一番のビッグニュースでありました。
中田が私は好きだったんだなー・・・

まぁーペルージャに移籍したときからずっと
スポルトのマンデェーフットボールで
中田のゲームの結果や試合を気にしていたし、
その動向はいつも注意を引いた。

なんだろうか?

マスコミ嫌いで、テレビのインタビューなどでは
あまり愛想よくコメントしないが、
別に私はそーいうのは全然かまわない。

中田ほどゲームですべてを語ろうとしていた選手を私は知らない。
特に現役最後の年、代表の試合では本当によく走っていた。
運動量が豊富な選手という簡単な言葉では片付けられないくらい走っていた。
走るのを止めたらゲームそのものが止まってしまうのではないか?
と疑うほど、まるで中田が試合の主電源のスイッチであるかのように走っていた。

中田を見れなくなってから、代表の試合に熱が入らなくなったのは、
そこまでハートのある選手がいなくなったからだろう。

これから予選が始まっていく中で、
そーいう選手が現れるのだろうか?
中田はもともと日本人の枠組みで計算できない選手だったが、
引退前には中田こそが熱いハートでプレーする選手だった。
そこに彼の成長・・・などという言葉はおこがましくて使えない。
彼の・・・、いや、時代の流れを感じずにはいられない。
大人が歳を取るということは、まさにそーいうことなのだな・・・と。

私もガイドですべてを語れるように頑張っているので、
ぜひ現役でいる間にみんな遊びにきてね。
3月中頃の予約がキャンセルになって暇になっちゃったから、
どしどし遊びに来てくださいませ。